第二王子フロイド×伯爵令嬢アズール

 アズール・アーシェングロットは由緒正しい伯爵家のご令嬢である。
幼い頃に母を亡くし、父の再婚相手とその娘に虐げられつつも今日まで健やかに育ってきた。
幸いにも父は淑女としての教育を受けさせてくれて、貴族が通う学園にも通わせてくれている。父なりの思惑はあっただろうが、放り出さずに衣食住の面倒を見てくれたことと、教育を受けさせてくれたことに感謝していた。でも、継母と異母妹は別。父の目のないところで、定番のいじめを一通りやってくれたのだから。宝石を取り上げ(継母と異母妹が購入した宝石をイミテーションに変えた)、母の形見のドレスを切り裂き(解いてリボンの髪飾りにして侍女やメイドに配った)、食事を食べさせてもらえなかった(ダイエットにちょうどいい)りした。
もしかしてアズールは灰かぶりだった…? いやインスパイア元は海の魔女とかいうメタい話じゃなくて。アズールは灰かぶりのプリンセスのように、腐らず前向きに夢と希望を持って生きるタイプではない。前向きでは前向きでも、いつか絶対に復讐してやると怨嗟を糧に強くなるタイプの令嬢なので、虎視眈々と復讐の機会を伺っていた。

ところが、学園の卒業記念パーティーの前日、優雅にアフタヌーンティーを楽しみながら、継母と異母妹にどう復讐しようかと考えを巡らせていると、婚約者()と自国の王女の浮気が発覚した。
王宮で大騒ぎになっているようだと執事に報告されたアズールは薬草事典を開きながら「へぇ」とだけ返したので、ちょうどお茶を淹れてくれていたメイドに三度見されたけれど、興味がないものはないのだから仕方ない。だって王女様と婚約者()が浮気をしていることなんて半年前から知っている。証拠集めも抜かりなく済んでいて、あとは婚約破棄して慰謝料をがっぽりもらい家を出るだけとワクワクしていたのだから。

それなのに気づいたらなぜか婚約破棄と同時に、隣国オクタヴィネルの王子に嫁ぐことになっていた。

は??????

アズールは卒業記念パーティーで王女と自身の婚約者に身に覚えのない罪を糾弾されたのだ。嫉妬に狂ったアズールが、王女さまの教科書を破ったとか、池に突き落としたとか、仲間はずれにしたとか、思い出すのも阿呆らしいでっちあげ。馬鹿にしないでほしい。継母と異母妹にやり返した数々より幼稚な所業なのだ。アズールならばもっと大胆に、もっと繊細に、もっと陰湿に、王族だろうが徹底的に確実に再起不能になるまでやる。そもそも婚約者を好きでもなければ興味もない自分がなぜ嫉妬する?と、概ねそのようなことを申し上げた結果。
国外追放が決まった。そして。

「追放なんてかわいそう……そうだわ! わたくしの代わりに隣国へ嫁ぐというのはどうかしら?」

お優しい王女のこのたった一言で、あっという間に王女の身代わりに隣国の王子へ嫁ぐことになった。王女様の身代わりになれることを光栄に思えと、婚約者、いや、元婚約者に言われた。これに興味を抱けなかった結果、追放され、挙句身代わりにされるわけだが、こうなってもアズールはこの元婚約者にかけらも興味が湧かない。顔は絶対に忘れないが。何年かかろうともいつか絶対に復讐してやるので。

この国は1年前に戦争で負けている。
きっかけはうちの浮かれポンチ王女様の「ルビーがほしいの♡」。隣国の端にある鉱山では質の良いルビーが採れると有名だが、そのほとんどが隣国の王家に献上され手に入らない。
その稀有なルビーを欲し戦争を仕掛けたは良いが、戦上手で知られた隣国とたいした武力のない小国ではお話にならなかった。当然だ。

戦の賠償として王女さまが隣国の王子へ嫁ぐことが決まったのは数ヶ月前のこと。隣国オクタヴィネルには二人の王子がいるが、どちらも大変に物騒で論外で凶悪な暴力の申し子との噂がある。ジェリービーンズだかフロランタンだか、そんな感じの名前の凶悪な王子と結婚したくないと王女が喚いていたのをアズールは知っている。ルビーが欲しいのなら大人しく結婚すればいいのに、よく分からない王女だなあと思った覚えがあった。

たぶんオクタヴィネルはうぜぇ隣国を黙らせるために王女の輿入れを条件にしたのだろう。我が国が上から下まで王女大好きあんぽんたん国家なのは知れ渡っているので、彼女を人質にとっておけば戦を仕掛けられることもない。
僕では人質としての価値がないので無意味では?とアズールが何度主張しても、誰も聞きやしねぇ。かわいい王女様を手放したくなかったのだ。クソか??おっと伯爵令嬢にあるまじき言葉使い。

そんなこんなでアズールはオクタヴィネルへの道をドナドナされていた。気分は屠殺場へ向かう牛さんである。だってどう考えても死ぬ。国同士の約束を破って差し出すのが伯爵令嬢って舐めてるにも程がある。
相手が王女なので輿入れの体をしているが、つまるところただの人質だ。どんな扱いを受けるか分かったものではない。だからあんぽんたん国家はアズールを身代わりにしたのだろう。やっぱりクソ。

普通なら殺されても文句は言えない。言えないけれど、アズールは賢い伯爵令嬢なのでその程度乗り越える自信がある。オクタヴィネルに着いたらこの身に起きた出来事を悲壮感たっぷりに語り同情を誘い、適当に悲劇のヒロインぶって同情を買いつつ、お優しい人たちを利用、いや、協力してもらってさっさと自立しよう。隣国の王族貴族との繋がりを作る機会が与えられたと考えればめちゃくちゃに幸運かもしれない。いや幸運にしてみせる。
そうして今までアズールを虐げてきた継母と異母妹、それから元婚約者と王女様に復讐をしてやるのだ。