第二王子フロイド×伯爵令嬢アズール

かわいい。

フロイドが隣国の令嬢に対してまず覚えたのはそれだった。

キラキラと輝く水をたたえた青色の瞳、不安そうにきゅっと結ばれた薔薇色の唇、その横の白い肌にひとつだけ浮かぶ黒子、花のかんばせを縁取るふわふわの銀糸、真珠のように艶やかな肌。桜貝のような指先まで、計算し尽くされ完成した完璧すぎる美。

それだけならフロイドの興味を引くまでもなかったが、どこか違和感がある。薄い膜で覆われているような、なにか。なにを隠しているのだろうか。か弱そうに見えるけれど、本当にそれだけだろうか。隠されると暴きたくなる。
彼女は父王に一生懸命に何事かを訴えている。その内容には興味がなくても聞こえてくる声は心地よく、切々と悲哀を訴えているようだった。
それにもやっぱりなにか違和感を覚える。フロイドの直感は優秀で、それに従えば面白いことが起きると知っている。だからじっと見つめてその正体を探る。なんだろう?

フロイドは彼女を見つめるのに夢中で、横に座った片割れがその珍しい姿を興味津々に見つめていることなど気付きもしない。

「ねぇなに隠してんの?」

「は?」

「ほんとはそんなんじゃないでしょ」

ねえ、としつこく言葉を重ねると、精神的にも肉体的にも色々と限界だったらしい令嬢はブチ切れた。

「うるせー!!こっちは婚約者寝取られてあんぽんたん王女の身代わりさせられてるんですよ!!おかげで僕の計画は台無しだ!!どうせ人質が欲しかっただけですよね?!僕じゃ意味ないので失礼します!!」

「待って。計画ってなに」

「今まで僕をいびってくれた家族と元婚約者のクソとアホの王女に復讐するんですよ。例え何年かかろうとも絶対に、僕を馬鹿にしたことを後悔させてやります」

ギラギラした瞳は、涙に濡れているよりずっと魅力的だった。スカイブルーの瞳に炎が宿り、ゆらゆらと燃えている。

───この子が欲しい
───ぜんぶ食べてしまいたい

全てを余す事なく手に入れて、自分の色に染め上げてしまいたい。そして、その激情を独り占めしたい。炎の宿る瞳に焼き尽くされてみたい。片割れにだって渡したくない。

こんな気持ちは初めてだ。自分の感情に戸惑う。それが悪いものではないと知っている。この直感に従わなければ後悔する。きっと。

ああ、そうだ。誰にも渡さないためには、フロイドだけの花にしてしまえば良いのだ。

「ねージェイド」
「どうしました?」
「タコちゃん、オレがもらうね」
「……気に入ったんですか?」
「うん。かわいい。オレのものにしたい」
「おやおや。フロイドからそんな言葉が聞けるとは」

隣りに座るジェイドは驚き、一瞬の後楽しそうに笑った。これから何が起こるのか愉しんでいるのだろう。
国王と王妃は目を見開いてフロイドを凝視していた。まさかあのフロイドが令嬢を欲しがるとは思わなかったらしい。

「タコちゃん、今日からオレのお嫁さんね」
「──は?」

はく、とタコちゃんの口が動く。案外予想外の展開には弱いのかもしれない。

「近くで見るともっとかわいい」

驚きに固まっているタコちゃんの腰をぐっと引き寄せて、淡く色付く頬へ口付けをひとつ贈る。途端に腕の中のタコちゃんは真っ赤になってしまった。さっきよりずっと美味しそう。ああ、食べてしまいたい。隅々まで余す事なくすべて。美味しく、丁寧に、大切に。
フロイドの口は自然と吊り上がり、高揚感でいっぱいになる。

「離せ!」
「やぁだ。オレならタコちゃんが欲しいものぜーんぶあげられるよ?」

「僕は自分の力で掴み取って復讐したいんです」

施されるなんてごめんだ。
瞳のなかの炎が強くなる。きれい。かわいい。
タコちゃんは王女じゃないんですよとか、ただの伯爵令嬢なんですとか一生懸命主張していたけれど、どれもたいした問題にはならない。
第二王子のフロイドの妻は伯爵令嬢ならば不足がないし、元々隣国の王女が来たところでお飾りの妻として軟禁する予定だった。人質になれないタコちゃんを軟禁する必要なんてないし、婚約を発表するときにはフロイドの一目惚れから始まった恋愛結婚だと公表されるだろう。フロイドにとってもタコちゃんにとっても、何の不都合もない。
フロイドは改めて決意した。この手強いタコちゃんを絶対にお嫁さんにする。そのあとはじっくりじっくり追い込めばいい。じっと息を潜めて待つのは得意だ。どんな手を使ってでも、ひとまずフロイドの妃の座に座らせてしまえばいい。

「だから、タコちゃんが力を発揮する為に必要なものオレが全部あげるよって言ってんの。タコちゃんは復讐したい、オレはタコちゃんが欲しい。ね? 良い取引でしょ」
「……僕が欲しい、なんて物好きですね」
「そお? タコちゃん面白いし、ギラギラしててかわいいじゃん」

第二王子妃って結構便利だと思うんだけどなぁ
それにぃ、王族に復讐するなら王族になった方が便利だよね。あっちが条件破ってんだし、オレと結婚したら報復に口出せるかもしんないよ?

賢くてかわいくて最高に面白い妃を手に入れ、復讐を特等席で眺めたフロイドはご機嫌だった、とだけ。

そこになぜかジェイドも加わり、兄弟揃ってにっこにこでアズールの復讐劇を眺め、時にちゃちゃを入れ、大変ご満悦だ。